「あ~あ…」

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真の感謝とは、「する」ものでなく、「溢れて出くる」もの。

これまでの人生の経験から、そう実感しています。

でも感謝が溢れ出るようになるために、

どんなことにも感謝をしようとまずは心がける訓練が大切だということも学ばせて頂きました。

今日は、感謝が溢れ出てくるどころか、

自分の思い通りに事が進むことが続くと感謝を忘れる自分に気づいて、

そんな自分がとても恥ずかしくなりました。

人間って、というか、私という人間はまだまだ感謝が足りません。

また今日から、一から生き直し、と思いました。

人はスパイラルに成長していると信じているので、

螺旋階段を上から見るように、

上から見ると、また同じ場所へ戻ってきたようで全く成長がないように感じますが、

横から見ると、確実に以前よりも上の段へと上がっている(成長している)のだと自分を説得しながらも、

「あ~あ…」という落ち込みの気持ちは、隠せません。

私は、まだまだ感謝を「する」ことに励まなくてはいけません。

何か特別なことがあったわけではないのですが、

急にこのような感覚に襲われる時があります。

そんな時は抵抗せず、

湧き上がってくる感覚と共にいることを心がけています。

かなりの猛省モードで、このような内容しか書けませんが、そのままをアップさせて頂きます。

それでも、誰かの心に、何かこのことから役に立つものが届くことを願って…。

ザリッチ宏枝

光が差し込むと…

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今朝インスタグラムに投稿した写真は、今朝の朝日が差し込んだ我が家のリビング兼仕事場の写真です。

家の前の建物が解体されて、来月に建て直される前までの限定版の風景です。

東、南、西向きに窓がたくさんあるこの貸家には日中たくさんの光が差し込みますが、東からの朝の光がこんなにも家の中に入ってくるのは、この家に住ませてもらって8年にもなりますが初めての体験です。

今朝の光は、奥のキッチンエリアまで届き、寝る前にキッチン周りはいつも拭き取って綺麗にしているつもりでいましたが、もうすでに埃がふわりふわりとあってびっくりしました。

光が差し込むと、今まで見えていなかったものがもっと見えるようになるんですね。

それは、心と同じだなとふと思いました。

私たちが、本来は「光そのもの」の自分に目覚める前に、私たちの意識、心に、たくさんの光が流れ始めます(それは外からという感覚もありますが、自分の光が内側から自分を照らすという感覚もありますが、本当はどのように起こっているんでしょうね)。

その時、これまで蓋をしていたもの、見えていなかったものが急に見え始めて、心が混乱することがありますが、それは、先日も書いた「魂の闇夜」のプロセスに入る前兆です。

日常で家のお掃除をするのと全く同じ感覚で、心を綺麗にしていく。

「ああ嫌だわ。お掃除しても、すぐに汚れてエンドレスだわ。」とか言いながらお掃除するよりも、生活していれば、お部屋は汚れるもの。

心も、生きていれば、色々と溜まってくるのは自然なことです。

家のお掃除も、心のお掃除も、汚れたり、溜まったりするのは自然なこととして、それらをお掃除できることに感謝しながらすると、そのプロセスそのものが楽しくなります。

悩む時間も大切ですが、ある時点で切り替えて、どんなことも、楽しいものにしていくことへエネルギーを使っていくように心がけたいものですね。

我が家の愛犬は、動く度に毛が抜ける犬種なので、毎日掃除機をかけても、数分後にはまた彼女の毛で床がいっぱいになります。なので、毎日掃除機をかけることは必須ですが、そうでもないと自分たちだけだったらここまで掃除はしないでしょうから、毎日感謝なんです。彼女のことが大好きだから、出来ることなんだろうと思います。

自分のことも大好きになったら、どんな自分の心の状態も、向き合って愛してあげることできそうです。

私は、彼女を愛するほど、まだまだ自分を愛せていないな、と今書きながら思いました。ややこしい心の状態が出てくると、「面倒臭いなあ、またなの?」とまだ思ってしまうところがあります。

みなさんは、どうですか?

自分のことを、めんどうくさがらずに、きちんとお掃除、綺麗にできますか?

私は、早くそのように、どんな時でも、めんどうくさがらずに、心をしっかりとメンテナンス出来るなりたいと思っています。

(こちらの写真は、ある朝の散歩の時に撮影したものです。)

 

 

 

生きているだけで

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我が家には、ジャーマン・ショート・ヘアードという日本では少し珍しい種の犬を飼っています。

2004年の春に、ある日どこからともなく現れたこの犬をアメリカで拾ってから、それからずっと今日まで一緒に過ごしています。拾われた彼女は、まさか、日本にまで連れてこられるとは思ってもいなかったことでしょう。

出会ったときには、もう成犬であったので、何歳であるかとか、誕生日はいつであるかも定かでなく、今年で推定15歳を迎えることになるこの愛犬との日々は、「愛」そのものです。

昨年の春に余命宣告をされたのですが、その時、私はどうせもうすぐ死ぬのなら、その日まで思いっきり好きなものを食べてさせてあげようと、それまではドックフードのみだったのを手作り食に変えてから、何だかすっかり元気になり、確認されていた腫瘍も小さくなり、今でもこんなに元気でいてくれています。

老犬なりの本人の不自由さや、こちら側のお世話は増しているものの、やはり存在してくれていることが有難いと思えます。毎日、ぎゅっと抱きしめて、彼女の暖かさを感じて、彼女が生きていることに感謝します。もう本当にそれだけで充分に、こちらは幸せです。

彼女の余命宣告からの復活と、ノソノソでも一生懸命に歩く姿から、

「あきらめない」ということと、

「生きているだけで、こんなにも愛なんだ」と、いうことを教えてもらっています。

これは、人にも言えることで、

私たちは何かをしているから価値があるのではなく、

もうこうして生きているだけで価値があるのだということ。

私も、彼女の姿から、何か世間に対して価値あることをしようとするよりも、

今生きていることをとにかく大切にしようと思えるようになりました。

これらは、全然違うことなんです。

何かのために生きるよりも(何かを達成しようとか、価値ある人になろうとか)、

与えられているもの(命とか)をただただ大切にする生き方をした方が、とても心が満たされ、そう生きている方がどうやら周りの人たちの役に立つようだということを経験しています。

動物は、「アイ」そのもので生きていますね。

その姿から学ぶことばかりです。

ザリッチ宏枝

 

 

 

 

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毎日、空ばかりを見上げています。

なので、こちらで投稿するときに使う写真は、空の写真ばかりです。

インスタグラムの投稿写真も、空ばかりです。

何年も前に、

この世でひとりぼっちだと、毎晩毎晩泣いていたとき、

駅から自宅まで歩くその時間に、

ずっと背中にお月さまの光を感じ、

そのお月さまと対話し、

慰めてもらっているような気持ちになった経験から、

すごく空を意識するようになったように思います。

伊勢志摩に10年前に戻って来て、

今まで以上に空を意識するようになりました。

高いビルもないので、空も見えやすいのですが、

その空の表情が、とてもユニークで楽しいからです。

そして、いつも空を見ていると、

「これからこういう時代になりますよ」ということを、

なんとなく教えられるという感覚に包まれることもあります。

苦しい時は、空をみると、とても元気を頂きます。

自分の中に全ての答えがある、と言い続けていますが、

空にも全ての答えがあるように、感じています。

というか、空を見ていると、自分の中の答えを見つけやすくなると言った方が、正しい言い方かもしれません。

答えが見つからない時、

苦しいとき、

どうぞ、空を見上げてみて下さい。

何も考えずに、ただただ空を見上げるだけでも、すごいエネルギーチャージになると思います。

空を見上げることは、「アイ」を思い出すための一番の良い方法であると感じています。

空は、最高の相談相手になり得るものだと感じています。

ザリッチ宏枝

スピリチュアリズム「依存」と「自立」

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ひと昔前は、「精神世界」、

今は「スピリチュアル」と表現をされることが多くなりましたが、

多くの場合、「怪しい」と言われていたこの世界は、

時代に合わせて、おしゃれに、そして気軽に紹介されるようになって、

一般的に、とても身近なものになってきたと思います。

私は、この人生で自己探求が始まった20年前辺りから、ごく最近まで

とてもこの「スピリチュアルな世界」にハマっていました。

今でも、「アイ」という言葉を使い、

「本当の私に還りたい」という表現を使うところなんかは、

人によっては、相当なスピリチュアル寄りのコーチであると、思われていると思います。

この分野に関しては、かなりのオタク的な知識や経験もあるので、スピリチュアルな世界に興味がある人が、私のコーチングに興味を持って下さるのも、事実としてあります。

私のスピリチュアルな部分は、私のギフトでもあると、それは自負しています。

ただ、このブログを通して、

「依存」のスピリチュアリズムと、

「自立」のスピリチュアリズムがあるのだということ、

その違いをしっかりと、お伝えしていきたいのです。

私は、スピリチュアルな世界に対して、かなりの依存者でした。

そんな自分だからこそ、伝えられることがあると思っています。

「依存」のスピリチュアリズムは、

「現実」というものから、遠ざかります。

なので、どんなにそこにエネルギーを費やしても、

現実は、何も変わりません。

「自立」のスピリチュアリズムは、

とても「現実的」なので、現実が自分が思うように次から次へと変わっていきます。

「自立」のスピリチュアリズムを他の一言で表すなら、

「責任」です。

「依存」のスピリチュアリズムを、を他の一言で表すなら、

「逃避」です。

スピリチュアリズムに関して自分がこれから語るのは、

このスピリチュアリズムはダメで、

このスピリチュアリズムは良いとか、

誰やそれやのスピリチュアリズムを批判するものではありません。

私がこれから語っていきたいのは、

スピリチュアリズムに対する、

自らの「姿勢」のことです。

このテーマに関しては、また記事をアップさせて頂きます。

ひとまず、今日は宣言文だけ、アップさせて頂きますね。

ザリッチ宏枝

「黄金律」

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“do unto others as you would have them do unto you”

何事でも、自分にしてもらいたいことは 、ほかの人にそのようにしなさい。」

いろんな宗教の教書・聖書に、共通して出てくるこの「黄金律」。

このようなことから、宗教的思想と捉えられてしまいますが、今ではいろんな場所で、普遍的な思想として紹介されています。

自分がされて嫌なことを、相手にしない。

自分がされて喜ぶことを、相手にする。

もちろん、自分がされて嫌なことが、相手にとって嫌なことだとは限らないし、

自分がされて喜ぶことが、相手にとって喜ぶことだとは限らないけど、

人間関係を創る上での出発点は、「黄金律」から始まるように思うのです。

始めの一歩は、ここから。

「自分にとって、されて嫌なこと」

「自分にとって、されて嬉しいこと」を認識して、

まずそれらを行動の出発点にしながら、

「相手がされて嫌なこと」、

「相手がされて嬉しいこと」を、

学んでいき、そしてその学んだことを行動に移す。

カレン・アームストロングさんという、イギリスの学者・作家で、若い頃は修道院で過ごすも、その世界が嫌になり、その後文学の世界で生きていく中で、もう一度宗教思想の世界へと導かれた彼女は、この「黄金律」こそ、世界を平和へと導く思想であると、その啓蒙に力を入れている人がいます。

こちらは、その彼女のTED TALKでのプレゼンです。

何か皆さんのヒントとなりますように。

ザリッチ宏枝

自分が変わる

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「どうしてあの人は、いつもこうなのかしら?」

「どうしてあの人とは、いつもこうなっちゃうのかしら?」

心地良くない状態に自分をさせる人が、

あなたの側にいますか?

私には、います。

私の場合、愛する主人が私にとってそういう人です。

そして、心の奥底で、主人は私の心の状態を、

まるで鏡のようにして見せてくれているのも知っています。

身近な人だからこそ、

ああしてほしい。

こうしてほしい。

もっと、優しくしてほしい。

もっと、愛してほしい。

本当は、たくさんのことを、この上ないくらいにしてくれているのに、

来る日も来る日も、この上ないくらいに、優しく、愛してくれているのに、

時々、相手に「どうして?」と反発してしまうことをしてしまいます。

本当は何が起こっているかというと、

私が、私に、してほしいことをしていないだけなのです。

私が、私に、優しくしていないだけなのです。

私が、私を、愛していないだけなのです。

でも、そんな自分を素直に受け止めることのできる心の余裕もないとき、

自分が出来ないことを、相手に全てぶつけてしまうのです。

親しい人にこそ、それをしてしまうのです。

相手に「こうしてほしい」と求めてしまう時、

それは、自分が自分に「そうしてほしい」と求めていることだと、

素直になって、それを受け入れていく練習が必要です。

自分の心が心地良くないのは、

他の誰のせいでもなく、自分自身が原因なのです。

今日は、相手にしてほしいことを、

まずは自分が自分にしてあげて下さい。

そして、余裕があれば、

相手にしてほしいことを、

あなたが、相手にしてあげて下さい。

全ては、自分が変わることから始まります。

自分が変われば、全ては瞬時に変わっていきます。

これも、練習です。

諦めないで、続けて下さい。

ザリッチ宏枝